地 黄 城

地黄城(大阪府豊能郡能勢町地黄904−1能勢町立東中学校)
最終訪城日 2001/12/19    撮影日 2001/12/19
 
地黄城(大阪府豊能郡能勢町地黄904−1能勢町立東中学校)
最終訪城日 2001/12/19    撮影日 2001/12/19
地黄城址碑・説明板
 
   
  別  名  地黄御陣屋、丸山新城
  所在地 

大阪府豊能郡能勢町地黄904−1
能勢町立東中学校
  地  図  MapFanWeb 地黄城
  電  話  なし
  城の種別  丘城
  築城者  能勢氏
  築城年  慶長7年(1602)〜元和元年(1615)
  歴代城主  能勢氏
  遺  構  石垣、堀
  構  造 



縄張りは、東西75m、南北110m、面積
8200u。石垣を高く築き高塀が設けられた。
城内には御殿、官宅をはじめ十数屋舎が配さ
れ、北隅には三層の楼閣も設けられた。
  交  通 

能勢電鉄妙見口駅下車 京都バス奥の院
バス停下車徒歩すぐ
  特  徴 








本来、丸山城が能勢氏の本城であったが、河原
長右衛門宣勝らにより攻め入られ、丸山城下は
焼け野原にされた。その後、高山右近ほか数代
を経て、天正16年(1588)、島津氏の領地とな
った。能勢氏は関ヶ原の合戦において東軍に組
みし、軍功により旧領1万石となった。その際、
慶長7年(1602)〜元和元年(1615)にかけて、  
能勢頼次は新しく地黄城と城下町の構築に着手
した。明治に入り藩籍奉還により廃城を迎えた。
   
 

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