三 宅 城

三宅城(大阪府茨木市蔵垣内3−15)
最終訪城日 2001/06/18    撮影日 2001/06/18
三宅城跡碑その1
 
三宅城(大阪府茨木市蔵垣内3−14)
三宅城址碑その2

 

   
  別  名  不明
  所在地  大阪府茨木市蔵垣内3−15
  地  図  MapFanWeb 三宅城
  電  話  なし
  城の種別  平城
  築城者  三宅國政
  築城年  永正元年(1504)
  歴代城主 

三宅國政、三宅國広、三宅國村、
香西元成
  遺  構  万福寺に三宅城の礎石(諸説あり)
  構  造 




丑寅2から蔵垣内3に及ぶ城之内
東西596m、南北540m(縄張り)
東西180m、南北270m(本丸)
防御施設・逆茂木、大手・二の木戸
を構えていた。
  交  通  JR東海道線千里丘駅下車徒歩10分
  特  徴 














三宅城は、永正元年(1504)に三宅
國政によって築かれた城である。その
後、三宅國広が家督を継ぎ、天文16
年(1547)、3代目城主・三宅國村の
際に、細川晴元に攻められ開城する
事となる。開城に伴い、香西元成が城
主となったが、永禄5年(1562)、三
好長慶との争いに敗れ、廃城を迎え
る。この間、58年続いた城である。
現在の蔵垣内3丁目には、三宅城趾を
示す石碑が2つ存在している。一つは、  
蔵垣内公園に在る物(写真その1)と、
阪急電鉄京都線の線路内にあったの
を平成8年に移した物(写真その2)で
ある。
   

 

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