特 徴
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天文12年、安住郷の地に神保長職が安住
城を築いた。しかし元亀2年(1571)以後、
次第に越後上杉方に押されその勢力圏が
衰えていき、落城。約30年間前線基地とな
った。翌年、加賀・越中を中心とする一向一
揆が安住城を占拠することとなる。その後、
上杉謙信は一向一揆宗と戦い天正元年(1
573)に和睦を結び、調停とあいなった。し
かし一向宗は調停を破棄怒った上杉謙信は
ただちに、これらを討った。この際、富山城
は上杉謙信の手に落ちたが、翌年、謙信は
脳溢血によってこの世を去る。その際、守山
城に織田家臣として使えていた神保長住が
富山城に進出する。天正9年(1581)佐々
木成政が54万石を所領とし富山城へ入部。
この際、富山城の大改修を行った。その後、
本能寺の変が起こり天下は豊臣時代へと突
入する。加賀の前田利家によって落城。佐々
成政は九州へ転封となる。慶長2年(1597)
前田利長が守山城から富山城へ移った。そ
の後、前田利常、前田利次と続き明治維新を
迎えた。 |